mirror_box

スマさん世代の腐った文字書きが好きなものは好きと無駄に叫ぶ

TAKE FIVE 2なので 2回観てみた

5月16日の渉さん誕生日に、何ができるわけでもないし。まぁその日が休演日ってのがいろいろわくわくするよねってんで、TAKE FIVE2を5月15日・17日と2回観てきました。

 



2回も! はい、2回です。基本的に舞台好きなので、ナマモノならではの変化が好きだし、舞台そのものの価値は角度を変えて複数回見て初めて判断できると思っている。石井さんの舞台を見る時はできるだけ、初日・中日・楽日を見るくらいだ。初日の固さやドタバタが中日になって落ち着いてこなれ、楽日に弾ける。この変化が良い。その変化の中で変わらないものが、本質的な評価すべきものだと思う。余談だが、個人的におすすめは楽日前日の公演。昼夜あるなら、夜。役者が一番ノっているし、最後に向けたスパートが素晴らしくなる。

とはいえ、今回の舞台のように人気の舞台なら、おすすめは休演日前後。ということで、1回目は2階席中央でひとりで、2回目は1階席後方で親友と一緒に観てきた。


いろいろ思うところが多かったのだけど。

まずはキスマイ担的にきゃっきゃしとこう。

たいぴちゃん可愛い! ライブより華奢な感じもするけど、2役をちゃんとこなしててどっちも可愛いという。

帆村守は1人称僕の甘えん坊俺様。ついったとかで「さくらしか付き合ったことがない」っていうまさかのうぶっぷりだったり、セグウェイに乗ってる姿が可愛いってのは聞いてたんですがね。あ、いったん降りたセグウェイ、1日目は乗れずに手で持っていきましたけど、今日は乗れてた!まぁ一生懸命足で角度調節してましたけどね。
他の所でも「最先端のスーツだ」という台詞を御影ちゃんに取られちゃって「俺のセリフっ!」ってぎゃいぎゃいいいたがってるのとか、応接室のソファに座ってふっかふっか座り心地確かめてるのとかいちいち可愛い。
真宮秋は気弱理系の眼鏡男子といういくつもの萌えツボをぶっこんできているからずるいわ。

2役で立ち姿・声の出し方が違うのが良いですね。

客席降りでキャーって歓声が上がっちゃったり、女の子と近づくシーンで近くで息を呑む声がするのが、あぁ、この子、アイドルなんだなぁと。

あと。想像以上に、周りの藤ヶ谷担さんはいい人が多かった。一昨日喫煙所で出会った親子さんとも今日も再会。妙に仲良くなれたから不思議。タイミングが合えば福岡をご一緒する予定。
一昨日は休憩から戻ると周りの人の席の配置が変わっていて。私の左隣の真ん中辺の人が地方組らしく、通路側の方と変わったらしいんですね。私の両隣で連れの人が分かれてたんで思わず譲ってしまった。
「中央なのにいいんですか!」「はい」
…そんないい人達が居るのに、私なんかが中央陣取ってたら申し訳ない。それがご縁で楽しくお話もさせていただきまして。
こういうこと、あんまりほかの舞台ではないので新鮮。みんなで、藤ヶ谷さんを応援しよう!ってのが良くわかった。
すげぇなぁって思ったのは、隣の方達が「太ちゃん、更に華奢になってない?」とわずかな変化を見つけ出していること。「筋トレしてたよね。ちょっと減らすとすぐ落ちちゃうのに」「ズボンがさらにだぶだぶになってる」「横尾さんにご飯食べさせてもらわないと!」「ニカちゃんに筋トレグッズ買って来させないと!」
……萌えた。



さて。ここからは、演劇ファンとしてのお話。キスマイファンの方にはお勧めしません。

 


そもそもTAKE FIVEという作品はドラマの頃から「微妙」、と思っている。現代の勧善懲悪の大泥棒の話、と言ってるのに、スカっと感が弱いのだ。おそらく中途半端に愛を語るためにシリアスを絡めてたのがその要因。それでも出ていた役者さんは好きだったし、ネタとしても嫌いじゃないので好きな作品ではある。でも、視聴率が悪い、それは納得してた。
それが舞台になる、っていうのでやっぱり去年、微妙、と思った。さすがにそこまでキスマイにも藤ヶ谷さんにもハマってなかったので気合いでチケットを取るということはしなかったけど、まぁ機会があったら見てみたいなと思っていた。だって、あの微妙なのをあえてタイムスリップネタとアイドルと映像使ってどうする気だ、っていう興味があったから。

映像を使った演出は、新しい。そう思った。セットがシンプルでもそれを様々な表情にすることができる。2役を自然に登場させることができる。映像そのものも綺麗で質が高い。、喧噪を表現することもできる。藤ヶ谷さんのダンスシーンでの使い方も良い。
が。ヤリ過ぎの感も否めない。そこに居ない役者を登場させられる利点はある。幻想的にもできてはいるんだが、そこまで行くと「え、じゃあ、映像作品でいいじゃん」と思ってしまう。舞台にする意味ないじゃん、って。悪い言い方をしてしまうと、映像でもいいんだけど生藤ヶ谷を見られる機会、っていう売りでしかないと捉えられても仕方がないくらいに…ちょっと使いすぎ。

作品もなぁ。実際、本当は宝塚みたいなミュージカルにしちゃったほうがいいんじゃないかと思った。映像と絡めるせいで、音楽が鳴ってタイミングを知らせている分、変に間が空くと「歌うのか?」と思う。けど、セリフのみ。
歌は、あるの。ギャグとして、山本裕典くんが15日はWANNA BEEEE!!!、17日は最後もやっぱり君を歌ってた。けど、それ、単にキスマイファンに「キャー」って思わせるためだけのもの。はっきり言って滑っていたし、藤ヶ谷さん、笑っちゃうならもっとちゃんと笑ってしまえ。反応が微妙なので、もぞもぞした。

山本裕典くんはたぶんとてもとても頑張っていた。続投組としても、藤ヶ谷さんを支える相棒役としても。
ただ、うーん。ネタがね。彼のセンス、じゃないよな、あれ。アンガールズとかコロチキとか8.6秒バズーカ―とか。流行ったネタをやることで時代へのリスペクトを表現してるんだろうなと思うけどさ。子供だましというか。藤ヶ谷さんも一生懸命ギャグをやってて「可愛いぃいい」とは思うけど「面白い!」じゃないんだよなぁ。

そういう子供だましっぽさというか中途半端さでもやもやしてたんだが、今日親友が見終わって言った言葉におもわず「それだ!」と叫んでしまった。

「箱と役者の質と作品が合ってない」 

ああいう小ネタはたぶんグローブ座とか少し小さめの劇場の方が合う。ACTではサムい。ああいったネタはあのサイズの劇場でやって印象深くさせるタイプではない。
更に、キツイことを言ってしまえば、芝居の流れをがっと引き締める役者が居ないというのもつらいところだ。もしも、その場に立っただけで場の空気を支配できる、セリフ回しで芝居のテンポを替えられる芸達者さんがいたなら、あのネタも時々のお楽しみとしてありかもしれない。けど、今回は「芝居としては、無し」

役者さんもそれなりに芸達者ではあるのだけれど…うねりを作る太陽タイプの人がいないのだ。
エンターテインメントに徹する舞台なら、ぶんぶん振り回す人が居ればいいのだけれど、悪役陣も脇役陣も癖が弱い。(言っておくが皆さん好きな役者さんだ)たとえば、猫背さんの役は片桐はいりさんならと思ったし、駿河さんの役が勝村さんとかならと思うし、山本君の役もいっそ吾郎さんやってよと思ってしまう。まぁ無理だし、それはそれで違うと思うけど。何なら藤ヶ谷さんの役も、光一さんあたりだと印象ちがうだろうなぁ、良いだろうなぁと思う。やっぱりドラマの時の「微妙」が舞台でも健在ではあった、ということなのかもしれない。


さて。藤ヶ谷太輔という役者はどうだろう? 断っておくが、私は藤ヶ谷太輔というタレントが好きだ。横尾さんの親友、というところから気にし始めたけれど、真面目さだったり努力する姿勢だったり、色気の見せ方とかだったり、評価はしている。

けど。役者としては、これから、だと思った。

立ち姿も、新川優愛ちゃんの顔がちっちゃすぎて、「ん?」と思うくらいでも、ある上に…使い分けはできているが、オーラは少ない。ライブでの彼自身のオーラや、宝塚などのスターと比べると「見得」が弱い。
ダンスも、下手ではない。が、「藤ヶ谷太輔だ」と言い切れる程かどうかは危ういし、タップ的なダンスにするならこの作品ぶんだけでもできるようになるくらいの時間を取ってあげて欲しかった。子供だましの音でごまかしたダンスなら、違う振付けにした方が良い。

アイドルとして輝ける彼だけれど、役者としては月タイプだ。

たとえば、MARS。学園のスター・例愛漫画のヒーローとしての零よりも、闇を孕んだ牧生の目を通した暴力的な部分ともろさを孕んだ零の方が魅力的だ。だから、今回も守よりも秋の方が良かった。

たぶん、おそらく、語弊のある言い方だけれど彼自身はそんなにかっこよくない。確かにキスブサではキングである。ただ、あれは「マイコや視聴者をきゅんとさせる」という対象を意識するから輝くことができているんじゃないかと改めて思った。

それは、パンフレットにあった表現者としての信念の質にもよるものかもしれない。
「しっかりと相手を感じて、しっかり心を開くこと。心を開けば開いた分だけ、心にたくさんのことが入ってくると思っています。何事もたくさん吸収したいです」

吸収。長い役者人生を歩むならとてもとても大切なことだ。

だが、敢えて言ってしまう。主役なら、自らの心を開き吸収するだけでなく、観客の心をもこじ開け、その存在と作品を染み渡らせろ、と。

今の彼を、こういう舞台の主役、にしてしまうのはいろいろな意味でもったいない、そう感じた。

パンフレットで藤ヶ谷さんが夢を語っていた。「絶対に藤ヶ谷太輔でなければこの作品はやりませんとたくさん言っていただけるようになること」。

そうなればいい。そうなって欲しい。

けど、まだ、そういう役にも、そういう作品にも彼は会えていない気がする。

今回は作品そのものも、単体で楽しめるようでいて、変にドラマや前回を知ってなきゃ楽しみきれないところが多くて、脚本をもう少し!趣向をもう少し!と思ってしまう。
ずーっと見てるファンなら、まぁ、アリ。藤ヶ谷さんの役も、藤ヶ谷さんだけを堪能するなら、アリ。

けど、敢えて、もっと!と言いたい。
アリ、最高!としてしまうほど、客観性を失ってしまったら、彼が役者として評価される日は、たぶん、来ない。
演劇的な評価はされない。それはひどくもったいないことだ。 

滑舌や発声もまだ改善の余地がある。けれど、休みを経て声は格段に良くなったし、何より演じ分ける力量はある人だ。

グループの他のメンバーが立ち位置を示し始めた今、役者藤ヶ谷太輔は、これから、改めて一人の役者として育ってほしいと思う。 贅沢な、苦労をして。
それはたぶん、バラエティで見る北山さんを見た後に、グループの中でMCをする北山さんを見て感じるもやもやに良く似ている。

「今のままじゃダメ。もっとできるはず、もっと合う形がある。それに出会って欲しい」

そんな目でアイドルではない、藤ヶ谷さんも見てみたいなと考えるくらいには、アイドル藤ヶ谷太輔が、好きになっている今日この頃である。